平成30年度 
消防官募集

新着情報
  • 2018年03月01日 東京消防庁 平成30年度 消防官募集 採用サイトを公開しました。

東京消防庁のつよみ

                                    目の前の業務に
                                    真摯に取り組み25年。
                                    責任ある立場で得た
                                    新たなやりがい。
                                

瀬﨑 幸吾
企画調整部 情報化推進担当課長
平成4年入庁

入庁3年目に委託研修で
仕事の幅を広げて
現場のポンプ隊長も経験

瀬﨑 幸吾

企画調整部 情報化推進担当課長
平成4年入庁
東京消防庁に入庁して25年、私のこれまでの歩みは「幅広い経験をしてきた」のが一番の特徴かもしれません。現在を含め14もの部署で仕事をしてきました。消防署・本庁間の異動はもちろんですが、委託研修での大学への派遣や、総務省消防庁への派遣も経験しています。
大学時代は電子工学を専攻していたのですが、就職活動時には民間企業ではなく公務員を志望しました。最終的に東京消防庁を選んだのは、多様な業務があり大学で得た知識を活かせる道もあると思ったこと、そして「人のために直接役に立つ仕事」に就きたかったのが大きな理由でした。「幅広い経験を積む」私のキャリアはスタート時から始まっていたようで、最初に配属された消防署からポンプ隊員だけでなく、予防課の毎日勤務など署内の様々な業務を経験しました。そんな中、自分なりの強みを活かしたいと考え、委託研修制度に応募して電気通信大学で2年間、通信工学系の研究室に在籍して勉強する道へ進みました。研修修了後は本庁の通信課で、各種無線設備の運用・保守に携わりました。
通信課では3年間勤務し、次に異動したのは消防署。こうした庁内での人事異動は、昇任時や定期的に行われることですが、私にとっては5年ぶりの災害現場で、しかもポンプ隊長として戻ったことに難しさがありました。災害対応の経験が不足しているのは確かなので、変に虚勢は張らずわからないことは素直に聞き、皆が伸び伸び活動できる環境づくりに努めることで、自分なりのポンプ隊長の責務を果たしました。さらに、その次の異動先はまったく想定していなかった所で、自分のキャリアの中でも大きな節目になったと思います。

人脈を広げた
総務省消防庁への派遣
そして今、大プロジェクトの推進役に

意外な異動先とは総務省消防庁の防災課で、総務事務官という肩書きをもらい1年4カ月ほど勤務しました。業務の内容は全国レベルでの震災対策の検討・実現など。中央省庁の方たちの仕事の進め方を知ったのも貴重な経験になりましたし、なにより全国各地の消防本部から派遣されていた職員の方たちとの人脈も重要な財産となりました。派遣から戻ると、本庁の防災課や消防署で防災訓練に関する業務を担当し、また消防庁の教育機関である消防大学校へ。eラーニングの立ち上げが主業務で、他の消防本部の方たちとの人脈づくりにも再び努めました。大規模な災害時には各地の消防が連携するため、職員レベルでもネットワークを広げておくことは重要です。消防大学校から戻った後、入庁15年を過ぎた頃から「情報通信」と「マネジメント」が主な役割になってきました(総合指令室や企画課、人事課など未経験の業務も経験しつつ)。現在は企画課で、庁内の事務処理システムの全面更新に携わっています。これは12年に1度の重要プロジェクトで、課長として携われるのは非常に幸運なことだと感じています。
東京消防庁の職員約18,000人のうち管理職は約400人のみ。目の前の仕事に真摯に取り組み、経験と実績を積み重ねた先に管理職という職務があるのだと思います。そして責任の重い立場だからこそ仕事の幅が広がり、やりがいも大きくなることは間違いありません。
  • これまでのキャリア

    平成4年: 消防署・ポンプ隊員、
    予防課係員など

  • 平成6年: 委託研修(電気通信大学)〜
    通信課(現 情報通信課)

  • 平成11年: 消防署・ポンプ隊長など

  • 平成13年: 総務省消防庁派遣〜防災課〜
    消防署・防災指導担当係長

  • 平成17年: 総務省消防庁
    消防大学校派遣

  • 平成19年: 総合指令室〜情報通信課

  • 平成21年: 企画課〜情報通信課〜
    消防署・警防課長

  • 平成27年: 人事課 副参事

  • 平成29年: 企画課
    情報化推進担当課長

これからの消防官へ伝えたいこと
これからの消防官へ伝えたいこと
東京消防庁は大きな組織ですが、消防の仕事は1人ひとりが主役です。職員すべてが「都民のため」を考え、変化に柔軟に対応していくこと自体がやりがいとなります。永年にわたり当庁を支え、定年を迎えた先輩方からいただくのは、「この職場に入って良かった」という言葉。そんな仕事は、そう多くないと思います。
東京消防庁は大きな組織ですが、消防の仕事は1人ひとりが主役です。職員すべてが「都民のため」を考え、変化に柔軟に対応していくこと自体がやりがいとなります。永年にわたり当庁を支え、定年を迎えた先輩方からいただくのは、「この職場に入って良かった」という言葉。そんな仕事は、そう多くないと思います。

東京消防庁のつよみ

機動救急隊とは

機動救急隊とは

東京消防庁の救急活動において、とくに救急要請が多いエリア、昼間と夜間で人口が大きく変わる地域への対応は長年の課題となってきました。その解決策の1つとして平成28年4月に発足したのが救急機動部隊です。救急機動部隊は特定の消防署に属さない、本部直轄の部隊。高度な知識と技術力を持った精鋭が集められ、昼間は東京駅近く、夜間は新宿歌舞伎町そばと、昼夜で拠点を変えて活動しています。また、感染症やNBC(核・生物・化学物質)災害といった特殊な事案、多数のけが人などが発生した現場への対応も想定し、陰圧機能を備えた特殊救急車を配備。万が一のときに備えて訓練を重ねています。さらに救急隊員の指導・育成も役割の1つとなっており、方面本部ごとに定期的に開かれる研修で講師を務めています。

消防力

  • 救急車の数
    2
    隊員の数
    27
  • 入隊条件
    救急救命士の資格は必須。その他は日々の救急活動における実績と努力で評価されますが、気管挿管や薬剤投与などの庁内資格の取得、英語対応救急研修の修了などを通じて専門性を磨いてきたことも評価の1つになっています。
インタビュー 救急指導課 救急機動部隊 隊長 平成12年入庁

インタビュー

現場での隊長の頼もしさに触発され
資格取得などで技術を磨く

人命救助という崇高な職務使命への憧れ。それが東京消防庁を志望した一番の理由でした。中でも当初思い描いていたのは、ポンプ隊やはしご隊の一員として火災現場に出ることで、希望通り最初の配属から約2年間はポンプ隊員として活動しました。しかしこの間、いくつもの災害現場を経験するうちに新たな目標を発見。それが救急隊でした。火災に比べて救急の出場は格段に多く、現場経験をより多く積めることが私には魅力でした。その後、入庁3年目に救急隊員になって以来、15年近くにわたり救急活動を続けています。
今も記憶に残る経験として、駆け出しのころに、心肺停止状態の方の応急処置に立ち合ったことがあります。一刻も早い蘇生が必要な緊急事態の中、我々隊員に指示を出しつつ、てきぱきと心臓マッサージや人工呼吸を施していく隊長。その頼もしい姿が目に焼きつき、私の目標となりました。そして救急救命士や気管挿管などの国家資格・庁内資格を取ることで知識と処置可能な範囲を広げ、より高いレベル救急活動ができるよう努めてきました。

自分たちが牽引役となって
すべての救急隊の進化につなげる

救急隊員になって3年目から隊長を務めていますが、その責任の重さが自分を成長させてくれたと思っています。救急隊は3名ほどの小規模なチームですが、人の命に関わる救急現場で、隊全体の動きを指揮する隊長は特別な責任を負うことになります。患者さんだけでなく、隊員の安全にも気を配らなければならない。そうした現場を数多く経験することで、視野の広さを身につけました。 平成28年4月からは、発足したばかりの救急機動部隊の隊長を務めています。主な活動場所となる東京駅、新宿歌舞伎町周辺に、外国の方への対応が多いエリア。以前所属していた署でも外国人対応が多く、英語対応救急研修に参加していたことが大いに活きています。迅速な処置が必要な救急活動で、日本語がわからない方ともコミュニケーションが取れることには重要な意義があるのです。救急機動部隊は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見すえて誕生した部隊でもあります。外国人への対応力だけでなく、救急救命技術ももっと磨き、東京消防庁のすべての救急隊の進化につながる部隊にしたいと考えています。

インタビュー 救急指導課 救急機動部隊 隊長
平成13年入庁

インタビュー

貴重な経験になった
医療機関への派遣研修

少し変わった理由になるかと思いますが、私が東京消防庁を志望した原点は、大学時代に哲学を学んでいて「命」や「死」について考えていたことにありました。そのうちに、考えるだけでなく具体的な形で命に携わりたいと思い始め、色々と調べて見つけたのが救急という仕事でした。入庁後しばらくは消防関連の部隊に所属し、5年目から念願の救急隊で活動しています。
救急隊員になってからの貴重な経験としては、大学病院への派遣研修があります。これは、毎年10名ほどの救急隊員を医療機関に派遣しているもので、私は1年間、東京医科大学の救急救命センターに補助スタッフとして入り医療の現場を体験しました。この研修で得たものは非常に多く、搬送した患者さんが病院でどんな処置を施され、回復し、退院していくかを理解。また病院内での処置の様子を見て、何よりも先に行うべきなのは気道と呼吸、意識の確認だと知ったのも大きな成果でした。救急の現場でも同じ行動をしているのですが、ときに迷うこともありました。しかし病院でも基本に徹しているのを知って自信を持ち、その後の私の救急活動はよりスムーズに進むようになりました。

意識の高い隊員が集まっているから
「救急」の議論も自然と熱くなる

救急機動部隊には、平成28年の発足時から隊長として加わっています。この部隊の主な役割は、出場要請の変化に合わせ、昼間は東京駅、夜間は歌舞伎町に近い新宿に拠点を移して迅速な対応を行うことにあります。同時に、知識や実績が豊富で、意識の高い隊員が集まった「救急隊だけの拠点」であることが大きな特色だと感じてきました。忙しい出場の合間の事務所でも「さっきの処置はあれがベストだったのか」「こんな方法も有効だと思うので訓練で試してみよう」という話になります。そうした希望と活気に満ちていることが、この部隊の最大の魅力かもしれません。
救急機動部隊に期待されている役割の1つは、東京消防庁における救急隊の未来像を示すことにあると思います。そのような部隊の隊長の1人として、隊の存在意義の確立や、部下の育成にも力を注いできました。ただ個人的には、可能な限り現場の第一線に身を置き活動を続けたい。我々が駆けつけたときの傷病者本人や周りの人たちの安心した様子や笑顔を見ることができるのは、現場にいてこそなのですから。