STEP UP TALK

STEP UP TALK 03

日々の厳しい訓練があって
ようやく1つの命が救える。

特別救助隊

平成19年入庁
消防署 特別救助隊

レスキューを目指して

最初の不合格で真剣さの不足を痛感

「人命救助の最前線」と呼ばれる特別救助隊(レスキュー)に憧れ消防官を志望する方も多いと思いますが、私も同じで、救助隊員になりたくて東京消防庁に入りました。中学生の時に友人を事故で亡くし、悲しい想いをする人を少しでも減らしたいと思ったのがきっかけです。そして大都市・東京を守るだけに、より幅広い経験ができると考え東京消防庁を選びました。

目標を一直線に目指し、応募が可能になる入庁2年目から特別救助隊員に必要な庁内資格の取得に挑みました。しかし1度目は、無念にも不合格。自分なりに勉強や体力錬成に努めたのですが、まだ真剣さが足りませんでした。レスキュー隊員になるには、何よりも強い気持ちが必要なのです。当時のポンプ隊長は以前レスキューだった方で「絶対にレスキュー隊員になると信念を持って貫けば必ず受かる」と励ましてくれました。

翌年、2度目の挑戦で受かることができましたが、これは同じポンプ隊に選抜試験を目指す同僚がいたのが大きかったと思います。「ライバルはあんなに頑張っている」と、互いに意識し切磋琢磨したおかげで、2人とも厳しい試験を通ることができました。

レスキュー研修

最も学んだのは「心構え」

選抜試験を通った後には約1ヵ月間の研修があり、これは話に聞いていた以上に厳しいものでした。技術面も一通り教わりますが、最も学んだのは「レスキュー隊員の心構え」でした。体力ぎりぎりの状態で救助訓練が繰り返され、「決してあきらめない。絶対に助ける」という、レスキューに不可欠な精神を体の芯まで植え付けられました。「自分がどれほど苦しくても、助けを求めている人はもっと苦しい」。研修時に助教から言われたことは、今も自分の心がけにしています。

1ST STEP

山岳救助も経験したレスキューの初舞台

私が最初に配属されたのは多摩西部の署で、ポンプ隊員を務めながらレスキューの資格を取り、一時はしご隊員を経験して、入庁4年目に正規の特別救助隊員になりました。憧れていたオレンジ色の制服に身を包み、レスキュー隊の車両で出場した時は本当に嬉しかったのをよく覚えています。

この署では山岳救助や水難救助に出ることもあり、自分の幅を広げる上で良い経験ができました。記憶に残るのは、ある山岳救助。2名のパーティーの1人が滑落して救助を求めているとの通報を受け出場しました。陽が落ちてヘリコプターによる救出ができないため山道を歩いて登り、1時間以上がかかり、ようやく現場に到着。ライトを頼りに懸命に捜索を続けた結果、数十メートルの崖下に要救助者を見つけてロープで吊り上げ、夜通しの搬送で無事救助することができました。

2ND STEP

命を救うのは簡単ではない

この山岳救助は、体力的な厳しさはあったものの、人命救助ができたので苦しさは感じません。1年半前から23区内の署に移り、出場の機会が大幅に増えましたが、我々が本当につらさを感じるのは、到着したときにはすでに亡くなっているなど、命を救えない救助が多いことです。

命を救うのは簡単なことではありません。様々な状況を想定して色々な資器材を揃え、日々真剣に訓練を重ねて、ようやく1つの命が救える。救えない命も多くある。実際のレスキュー隊は、映画などで見る華やかなイメージとは異なる面が多いかもしれません。しかしレスキュー隊員を続けるほど、人命救助の価値の大きさを深く知り、もっと自分を高めて一人でも多くの命を救いたいという想いが強まるのも確かです。